繊毛虫のアニメ批評ブログ

簡潔な作品論を定期的に投稿します。

『ハッピーシュガーライフ』:成長の自己解体

放送期間:2018年7月-9月、全12話

制作:Ezo’la

総監督:草川啓造、監督:長山延好

原作:鍵空とみやき『ハッピーシュガーライフ』全10巻

  (『月刊ガンガンJOKER』にて2015年6月号から2019年7月号まで連載)

 

特に松坂さとう役の花澤香菜さんとさとうの叔母役の井上喜久子さんの演技に顕著ですが、それぞれのキャラの情緒的反応や言動のパターンは物語の最初から最後まで一定の範囲内に収まっていて、それゆえに彼女たちが大きな変化や成長を見せることはありません。しかし終盤に至ると、そうした変化することのない他のキャラたちを押しのけて、神戸しおが大きな成長を遂げる様子が劇的かつ精妙に描き出されます。

 

ビルドゥングスロマンに限らず近代以降の多くのフィクションにおいては、登場人物あるいはキャラの成長は物語内の矛盾を調停ないし止揚したりする形で描き出される場合が多いと言えると思います。しかし、しおの成長はそうしたものとは正反対の、現状に潜在する破滅性——殺人と児童誘拐の上に築かれたさとうとしおの生活があのまま続いていたとしても、先に待っているのはさらなる犯罪か逮捕です——を極限まで加速させるようなものであるように思われます。というのも、それまで生活と愛の場をさとうによって与えられる受動的な立場にとどまっていたしおは、さとうと「一緒にたたかう」ことを決意した瞬間にはじめて積極的にその愛を強固なものにしようとし、そして炎に包まれるマンションの屋上から飛び降りる場面においてその積極性を可能な限り発揮したと考えられるためです。

 

さらに言えば、さとうは落下時にしおを守って死ぬわけですが、生き残ったしおはその理由を一生探し続けるという建前のもとで、愛する人としてさとうを心の中に抱き続けることが、最終話後半の病院の場面で示唆されます(もちろんそれは、ようやくさとうから妹を取り戻すことができたと思っていた兄の神戸あさひにとっては絶望的な事態です)。ただ、さとうはそれをある時点から狙っていたというよりは、最終的な局面において自発的な行動の意思を見せたしおを最後の最後ではじめて信頼し、一方的な束縛を解くことで、共依存的・相互束縛的な関係を成就したのではないでしょうか。その意味ではさとうもある種の変化ないし成長を遂げていることになるかもしれませんが、それは自らの死、つまりは変化の完全な停止によって完遂されるという点で、暴力的な行為遂行的矛盾の上に成立する極めてアイロニカルな、自己解体的な成長と言えると思います。

 

ちなみに、Ezo’laというアニメーション制作会社はホームページもTwitterアカウントも存在していない謎の企業で、ネット上で確認できる限りでは『ハッピーシュガーライフ』が最初の作品のようです。『ニコニコ大百科』には「制作スタッフから推測するにディオメディアの分社という説が有力」とあります。