繊毛虫のアニメ批評ブログ

簡潔な作品論を定期的に投稿します。

『ユーリ!!! on Ice』:氷の上の愛の宙吊り

放送期間:2016年10月-12月

制作:MAPPA

監督:山本沙代

原案:山本沙代、久保ミツロウ

 

本作の主題は言うまでもなくフィギュアスケートですが、その裏を縫うようにして描き出されているのが、男性同性愛という主題です。第1話の前半では、主人公の勝生勇利が初出場したグランプリファイナルで惨敗し、以前から憧れていたトップスケーターのヴィクトル・ニキフォロフにうまく声をかけることもできないまま地元九州の長谷津という町(佐賀県唐津市がモデルのようです)に帰郷する様子が描かれますが、故郷のスケートリンクに戻った勇利が最初に行ったのは、幼い頃から憧れていた西郡優子に、ヴィクトルのプログラムを完コピして滑ってみせることでした。当然視聴者が予想するのは勇利と優子の恋愛劇という展開ですが、実は優子は別の幼馴染の西郡豪と結婚し既に3人の子どもをもうけており、物語がそうした方向に進む道筋は最初からほとんど絶たれています。その代わりに展開するのは、優子の娘たちが撮影した勇利によるヴィクトルのコピー動画がネット上にアップされて話題を呼び、感銘を受けたヴィクトルが現役引退を表明してロシアから長谷津にやってくる、という筋書きです。2人が長谷津で最初に顔をあわせるのは、勇利の実家が経営する温泉旅館内の露天風呂ですが、そこでヴィクトルの肉体は非常に生々しく妖艶に描かれており(男性の乳首を省略せずに描く作品はそこまで多くないのではないかと思います)、まるで男性が女性を誘惑するかのように(もしかすると逆かもしれないですが)、彼は勇利のコーチとなることをほとんど有無を言わさず納得させます。

 

しかしその後、勇利と同じくヴィクトルに憧れ指導を約束されていた、シニアデビューを控えた若手の天才選手ユーリ・プリセツキーが、現役引退表明からコーチ転身への一連のニュースを耳にし、わざわざ長谷津までやってきて2人の間に割って入ります。ヴィクトルは以前の約束を忘れてしまったと嘯きながらも、勇利には「愛について・エロス」という楽曲を、ユーリには「愛について・アガペー」という楽曲をショートプログラム用の曲として振付とともに与え、1週間後までにこれらの課題曲をより高い完成度でマスターした方の指導を引き受けると宣言します。この時点で、構造的には勇利とユーリがヴィクトルを奪い合うという三角関係が成立しますが、注意すべきなのは、ヴィクトルは勇利に対しては多くのボディタッチをしたり、「恋人はいないの?」と聞いたり、寝食まで行動を共にしたがったり、妖艶な言葉をかけたりすることが多い一方で、ユーリ対しては基本的にそうした性的な仕方でのアプローチはしない、という点です。ユーリは15歳ですから、そうした振る舞いが許されないことはヴィクトルも十分承知しているでしょうし、アニメの作り手も、未成年のキャラを性的な文脈に置くことには慎重になっているはずです。ただし、それでも少し興味深いのは、ユーリの淡いミディアムショートの金髪と緑色の瞳が印象的な外見と、刺々しさがありつつもその裏に繊細さを感じさせる雰囲気が、同じくMAPPA制作のアニメ『BANANA FISH』(2018年)のメインキャラのひとりであるアッシュ・リンクスと非常に似ているという点です。よく知られているように、この作品の主題は男性同性愛であり、幼い頃から男性による性的暴力に苦しんできたアッシュは、ニューヨークでたまたま知り合った日本人の少年・英二と親密な関係になります。ただ、アニメとしては『BANANA FISH』の方が後ですから、影響関係を認めるなら順序が逆になるとは思いますが。

 

さて、ユーリと勇利の勝負ですが、ユーリが祖父の愛を意識しながら課題曲の「愛について・アガペー」をこなした一方、ヴィクトルによる「愛について・エロス」の実演を目の当たりにした当初は「男のぼくでも妊娠してしまいそうなほどかっこいい!!」とトキメキを感じていた勇利は、自身を蠱惑的な女性に見立てて課題曲を滑り、ユーリに勝利します。その後、今年のテーマは「愛」だと宣言してシーズンに挑み始めた勇利は、昨年の雪辱を晴らしたい、地元の人たちに感謝したいといった気持ちを抱きながらも、根っこの部分においてはヴィクトルを自分のそばにつなぎとめたいという思いを膨らませながら諸大会を勝ち進み、グランプリファイナルへの出場権を手にします。ショートプログラムでは十分に力を発揮しきれず、それどころかユーリがヴィクトルの記録を塗り替えて歴代世界最高得点を叩き出すのを目にして動揺する勇利ですが、息抜きの買い物の際に見つけた宝飾店で、ヴィクトルと自分のためのペアリングを購入し、互いの薬指にはめあってフリーへのモチベーションを高めます。夕食時に彼らと合流した他の選手たちはこのペアリングに気づき、「結婚おめでとう!」とからかいますが、ヴィクトルは「これはエンゲージリングで、金メダルで結婚だよ!」と宣戦布告します。翌日のフリーで勇利は、こちらもヴィクトルが保持していた歴代世界最高得点を更新する素晴らしい演技を見せますが、ショートとの合計点の差でユーリに敗れ、銀メダルに涙を飲むことになります。

 

勇利は前日の晩に、金メダルが取れても取れなくても現役を引退するとヴィクトルに伝え、とにかくフリーを滑ってから考えるよう言われていたのですが、試合終了直後もその決意を変えてはいませんでした。しかしヴィクトルは、銀メダルでは満足できないと言い、金メダルがほしいと勇利にせがみます。自分とヴィクトルの気持ちに気づいた勇利は来シーズン以降もヴィクトルとともにメダルを狙うことを決意し、物語は幕引きとなりますが、視聴者に突きつけられるのは、2人は互いに対する明らかに選手とコーチの関係の範囲を超える愛をどの程度まで育もうとしているのか、という疑問です。これまでに恋人がいたことのない勇利は、表面的にはヴィクトルを憧れの選手として、また愛するコーチとして慕っていますが、明らかに彼の肉体的魅力にも惹かれており、濃厚な接触や擬似的な恋人関係を嫌がる様子を見せません。対して、恋愛経験が豊富そうにも見えながらその実態は語られることのないヴィクトルの方は、ほとんどためらうことなく濃密なアプローチをするため、かえって半ば冗談でそうした振る舞いをしているようにも見えてしまうのですが、誰に対してもそうした態度をとるわけでは決してなく、勇利への気持ちが特別なものであることは疑いないように思えます。2人は、選手とコーチの関係でいる限りは、この問題に正面から向き合うのを避けることができるかもしれませんが、視聴者はそうした宙吊り状態の端緒を提示されたまま放置されてしまいます(海外配信サイトのCrunchyrollのコメント欄には第二期を待望する声があふれています)。しかし、逆に考えれば、スケートリンクという場所は、選手とコーチ、友人同士、男性同士といった愛の区分を解消させることのできる非日常的空間なのであり、「on Ice」というタイトルを冠する本作は、スケートアニメである限りは、そうした曖昧さに依拠するしかないとも言えます。つまり、このようにメタ的な視点で見た場合、勇利とヴィクトルはスケートリンクを離れる形でパートナーになることは決してないのであり、それは非常につらい仕打ちであるように感じられます。