繊毛虫のアニメ批評ブログ

簡潔な作品論を定期的に投稿します。

『NEW GAME!』:成長の不/可能性と疑似家族

放送期間:2016年7月-9月、全12話

制作:動画工房

監督:藤原佳幸

原作:得能正太郎『NEW GAME!』既刊10巻

   (芳文社『まんがタイムきららキャラット』にて連載中)

 

主人公が所与の条件化で努力や葛藤や苦闘を仲間とともに経験しながら成長し、世界から課せられる困難なプロットを切り開いていく、という典型的な成長の物語を真正面から描くことが極めて困難になった2010年代以降の日本において、時間を改変することも異世界に転生することも超自然的な力を介在させることも恋愛関係を物語の軸に据えることもなしに、阿佐ヶ谷のゲーム制作会社という非常にリアルな場を舞台として新入社員・涼風青葉の成長を丁寧に描く『NEW GAME!』は、貴重な作品と言えると思います。主人公の青葉は、憧れの先輩にして上司である八神コウに対する尊敬の気持ちとライバル意識、そして実力主義の民間企業で働くことの厳しさに向き合いながら、先輩であるゆんやはじめやひふみ、そして上司のりんや葉月とともにソフトを開発する中でゲームデザイナーとして成長していくわけですが、単線的な成長物語の不可能生が強調されてやまなかった2010年代の日本において、こうした物語がある程度のリアリティ(登場する人物がことごとく善人で、それも女性のみなど、微妙な点はいくつかありますが)と強度をもって描き出され得たのは、一体なぜなのでしょう?

 

このような問題を考えるうえで、直接的な回答を提示しないまでも、検討のためのひとつの手がかりとなるかもしれないのは、青葉が働くゲーム会社・イーグルジャンプ内で緩やかに形成される疑似家族的関係です。青葉は、非常に高い実力を持つキャラデザイナーの八神コウに憧れてこの会社に入社し、希望通りにグラフィックチームに配属され彼女の下で働くことになるわけですが、青葉にとって八神は尊敬の対象であるだけでなく乗り越えるべき目標でもあります。そして、日笠陽子さん演じる八神はあまり自らの外見に気を使わず、遠慮や慎みなど、日本社会において女性に求められがちな行動規範にも無頓着であるという点で「男性的」なキャラであり、それも手伝って青葉と八神の間には一種の擬似的な父子関係が成立すると言えます。青葉が一人前のデザイナーになるためには、自分の先を行く八神のポジションに追いつき、周囲を導くようなその役割を引き受けられるようになることが必要になります。一方で、同じく青葉の上司でありながらデザインではなく進行・管理を担当とする遠山りんは、優しく慎ましやかながら面倒見の良い「女性的」あるいは「母性的」なキャラとして描かれており(茅野愛衣さんの温かみ溢れる声はそうした側面を非常に上手く際立たせています。ちなみに、同じ年には『三月のライオン』の川本あかり役も演じてらっしゃいますが、声色はかなり似ていると思います)、彼女と青葉の間には、そうしたライバル関係は成立し得ません。りんは青葉をやや厳し目に指導することもありますが、基本的にはその成長を温かく見守ります。さらに重要なのは、りんが八神に対して、単なる同僚や友人という関係を超えた愛情を向けていることです。八神も、どこまで真剣に受け止める覚悟ができているのかはわからないものの、どうやらその気持ちに多少は気づいているようであり、私生活においてはだらしない自分の面倒をりんが見てくれることに対しては折に触れて感謝を表しています。八神とりんは同僚関係を超えた親密さを形成しており、青葉はその関係に直接的に入り込むことはないものの、ふたりの眼差しの下で仕事をこなしていくことになります。

 

以上をまとめれば、八神、りん、青葉の間には、擬似的な父・母・子の関係が成立していると言えると思います。そして、青葉ほどではないにしろ八神に対する尊敬の気持ちを抱き、りんに見守られながら、様々な面で青葉を手助けしたり励ましながら働く先輩であるゆんやはじめ、ひふみは、青葉にとっては姉(あるいは兄)のような役割を果たしているとみなすことができるでしょう。そう考えると、りんや八神よりも上の立場でゲーム全体の企画担当ディレクターを務める葉月は、年齢不詳で銀髪であることを踏まえても、彼女たちをやや遠くから見守る祖母のような存在と言えるかもしれません。いずれにせよ、こうした疑似家族的な人間関係は、青葉の成長の物語を八神との関係を軸にして描き出すにあたり、それを単純なライバル関係に還元してしまわずに、社内における日常的なやりとりや人間関係の機微、進行上の難局といった、複数のキャラの間で生じる大小の起伏と織り合わせるうえで、不可欠な枠組みとなっているように思われます。

 

こうした疑似家族的関係は、ゆんの幼い妹と弟を除き、社員たちの家族が直接的には全くといっていいほど登場しないことによって間接的に強調されているかもしれませんが、以前のような形では経済的成長も国の発展も望むことができなくなった2010年代の日本というコンテクストに照らして重要と思われるのは、本作においては成長の物語が、以上のような形で家族的な枠組みにおいて描き出されつつも、世代の再生産の機会とは明確に切り離されている、という点です。作中では、血縁関係や法的関係に基づいた家族の問題はいっさい前景化されませんし、八神とりん以外には恋愛的な関係が生じることもほとんどありません。第二期『NEW GAME!!』においては、研修社員のねねと紅葉とツバメが新たに加わり、また終盤では八神の立場にも大きな変化が生じますから、数年スパンで見ればイーグルジャンプ内外の人の出入りはそれなりに活発であることが窺えますが、十数年後や数十年後にも同じような形で新たな働き手となる人々が登場してくるというビジョンは作中においては全く示されていないと言えますし、現在の日本においてもそうした展望を持つことは、海外からの大規模な労働力の受け入れなど根本的な解決策を考慮に入れない限り、どんどん難しくなっています。つまり、まっすぐな成長物語を可能にさせる基盤としての疑似的な家族関係の背後には、より長い目で見た場合の「成長」を疑う眼差しが潜んでいると考えることができるのではないでしょうか。